カンボジアの辿った歴史

 カンボジアはクメール王朝滅亡一世紀後頃にインド全土の統治、支配を巡ってカンプチア王子とメラ女王がその覇権争いをしていました。その時の戦争では、カンプチア王子が勝利しインドの統治を円滑に進める為にメラ女王と戦略結婚をします。そしてインドの支配圏に入っていた旧クメール王朝はカンプチア王子とメラ女王の名前を取りカンプチア。そして長い歴史の中で徐々に変化しカンボジアと言う国名になった経緯があります。 ジ...

アンコールワット以外の観光名所 [タ プローム 寺院]

 ********************************************アンコールワット以外の観光名所 [タプローム寺院]アンコール時代の歴史 [タプローム寺院]アンコールワット 現地ガイドガジュマルの木と遺跡 [タプローム寺院]******************************************** タ・プローム遺跡は1186年、ジャヤバルマン7世が母親を弔う為に建造した遺跡です。ジャヤバルマン7世は大乗仏教を信仰し、アンコール時代終焉と共に破棄され、密林の中に埋...

古典舞踊アプサラー

 ヒンズー教の天地創造の物語にある天女誕生の舞い。アンコール・ワットの壁面の彫刻にもあり、昔のクメール王国時代は王族のみに許された舞踊ですが現在ではカンボジア全土で踊られています。...

世界遺産アンコール・ワットについて

 アンコール・ワットは19世紀から現在までカンボジア王国の象徴とされています。古くは17世紀初め(1632年)日本人の森本右近太夫がアンコール・ワットの柱に墨で落書きを残しています。そして佐賀県のフリー・ジャーナリスト一ノ瀬泰造は1973年にアンコール・ワット取材中に旧ポルポト派のクメール・ルージュによって拘束され一週間の拷問を受けた後、竹棒で撲殺。その後その殺された現場でカンボジアの友人が偶然遺骨収集をしてい...

カンボジアの観光情報 バンテアイスレイ寺院の東洋のモナリザについて

バンテアイ スレイ寺院の東洋のモナリザは、967年に建造されたヒンズー教のバンティア・スレイ寺院に彫刻されています。1923年にフランス人宣教師のアンドリーマサルによって発見されました。内戦の時代は危険地域だった為、1998年から観光名所として有名になりました。東洋のモナリザの彫刻は、宝石をカットし研磨する作業に使われる精密で高価な道具を使用して彫られています。東洋のモナリザが彫刻されているバンティア・スレイ...